大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和54年(ワ)11576号 判決 1982年2月03日

原告

堀越孝藏

右訴訟代理人

桜井明

被告

内田栄一

被告

内田敏夫

被告

内田君子

被告

稲橋祥光

右被告ら訴訟代理人

藤井博盛

主文

一  被告内田栄一、同内田敏夫、同内田君子は、原告に対し、別紙物件目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、各自金二〇万五二二六円を支払え。

二  被告稲橋祥光は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ、昭和五四年一二月一八日から右明渡ずみまで一か月金三八四〇円の割合による金員を支払え。

三  原告の被告内田栄一、同内田敏夫、同内田君子に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟資用は被告らの負担とする。

五  この判決は、第一、二、四項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1ないし6及び8の各事実、したがつてまたここに含まれる被告祥光の抗弁(一)、(二)の各事実(本件土地を含む一帯の土地一四〇坪は、もと、玉子の所有であつたこと、玉子から右玉子所有土地の管理を委ねられていた米芳が、唯二に対し、玉子所有土地を賃貸して引き渡したこと、唯二が酉蔵に対し、本件土地上の旧建物を売り渡すとともにこれを転貸して使用させたこと、原告が玉子から本件土地の贈与を受け、賃貸人たる地位を承継したこと、唯二が死亡し、被告栄一らが相続したこと、本件土地の賃料が昭和四七年一二月から一か月金三八四〇円であること、原告が被告栄一らに対し、解除の意思表示をしたこと、酉蔵が本件土地上に本件建物を建築所有した後死亡し、被告祥光がこれを相続して所有し本件土地を占有していること)は、唯二酉蔵間の契約を賃借権の譲渡とみるべきか転貸とみるべきかの点を除き、当事者間に争いがない。

ところで、民法第六一二条による契約解除の効果を主張するには、賃貸人は賃借人が第三者をして賃借土地を独立して使用収益させたことを主張立証すれば足り、その第三者をして独立して使用収益させた法的原因が賃借権の譲渡によるものであつたか転貸借によるものであつたかを確定的に主張立証する責任はない(そもそも、相手方間の内部事情に属することであり、主張立証は容易でない。)と解するのが相当であるが、本件においては、証拠上これを認定し得るし、いずれ後に抗弁に対する判断をするに際しても、この点の認定を要するので、便宜ここで当裁判所の判断を示しておく。

<証拠>を総合すれば次の事実を認めることができる。

「酉蔵は、昭和二四年ころ、唯二から旧建物を賃借し、ここに居住するようになり(この点は原告も争わない。)、昭和三〇年ころからは、唯二に依頼され、玉子所有土地上の唯二の家作(唯二は、旧建物以外に三棟の建物を所有し、他に賃貸していた。)の家賃を集金し、これに自己の家賃(乙第一号証によれば、昭和三四年当時一か月金六五〇円)を加え、このうちから玉子所有土地の賃料分を米芳方に届け、その残りを唯二に届けていた。昭和三四年七月に酉蔵が唯二から旧建物を譲り受けた後は、酉蔵が唯二に支払う賃料額は安くなつた(つまり本件土地の賃料相当分となつた。)が、酉蔵は、集金した家賃に、本件土地の地代を加え、このうちから玉子所有土地の地代を米芳に(本件土地が原告所有となつて以後は本件土地の地代分を原告に)届けて、内田あての地代の領収書に判をもらつた上で残りを唯二に届け、その際唯二から、本件土地の地代分について、領収証に判をもらつていた<証拠>。なお、<証拠>によれば、昭和三八年一〇月以降は集金した家賃及び酉蔵自身の本件土地の地代を各世帯別に手帳に記載し、そこに唯二から判をもらつていたことが認められる。)。」

右の事実に加えるに、<証拠>によれば、昭和三七年二月二二日に、米芳と唯二が本件賃貸借契約を更新した(この点は当事者間に争いがない)際に作成された米芳と唯二との賃貸借契約書(甲第一号証)には、本件土地を除外することなく、従前どおり本件土地を含む玉子所有土地(一四〇坪)が賃借の目的土地と記載されていることが認められ、これらの事実によれば、酉蔵が唯二から旧建物を譲り受けた後も、唯二と酉蔵間において本件土地の賃貸借契約が(旧建物の賃貸借契約にかわり)発生する一方米芳と唯二間において、本件土地の賃貸借契約がそのまま存続していたことになり、したがつて唯二酉蔵間の契約は本件土地の転貸借契約であつたというべきである(以下、唯二酉蔵間の契約を本件転貸借契約と呼びかえることとする。)。

被告祥光本人の供述中には、唯二酉蔵間の契約が賃借権の譲渡であるかの如き部分も存するが、前掲各証拠に照らし、信用することができず、他に前認定を覆すに足りる証拠はない。

二被告栄一らの抗弁及び被告祥光の抗弁(三)について併せて判断する(被告祥光の抗弁(一)、(二)の事実中酉蔵の賃借権譲受の事実が認められないことはすでに判示のとおりであり、その余の事実が争いないことも前判示のとおりである。)。

1  唯二、酉蔵間の転貸借契約につき米芳の明示の承諾があつたとの主張については、これを認めるに足りる証拠はない(原告祥光本人も、明確な米芳の承諾があつたとまでいうものとは認められない。)。

2  黙示の承諾があつたとの主張について

被告祥光本人の供述中には、酉蔵は唯二から旧建物を買い受けたころ、米芳にこの旨を伝え何度か借地人の名義変更を求めたのに対し、米芳は別に異存はなく、唯二のところに話しにいつてくれたが唯二との話しがこじれてそのままになつてしまつたと聞いている旨の部分がある。しかし、右供述は、伝聞にもとづくものであつて、証人稲橋イネの証言ともかなりくい違つており、唯二との間で話しがこわれたというのもいささか納得しかねる上、証人奈良橋米芳の証言と対比してにわかに信用することができない。また、<証拠>によれば、米芳は当時から本件土地のすぐ近所に住んでいたこと、酉蔵が本件建物を建築した昭和三七年夏ころは唯二は本件土地から離れたところに住んでいて、建築現場には居合わせなかつたことが認められる。しかし、さらに進んで米芳が本件建物の建築主が酉蔵であつたことを知つていたかあるいは十分知り得たことをうかがわせるに足る証拠はなく、右認定の事実だけから、米芳が本件建物の建築主が酉蔵であることを知つていたと認めることはできない(酉蔵が唯二から旧建物の譲渡を受けたことを米芳に告げていたとか、名義変更ないし転貸の承認を求めていたと認められるなら別であるが、その認められないこと前判示のとおりである。)。かえつて前判示のとおり、米芳と唯二との間で昭和三七年二月に本件土地を含めて賃貸借契約が更新されていて右更新のわずか数か月後に本件建物が建築されていることからすれば、証人米芳の供述するように、米芳が本件建物の建築主は唯二だと考えていたとみる方がより自然なように思われる。少なくとも、酉蔵は玉子所有土地にある唯二の家作の賃借人から家賃を集金して唯二の地代分を米芳方に届けるいわゆる差配の仕事をしていたとの前判示の事情を考慮すれば、唯二が現場に来ず、もつぱら酉蔵が大工等の作業員の接待をしているのを米芳が見ていたとしても、建築主が唯二だと考えるのに別に不自然なところはないといえる(ちなみに、<証拠>によれば、酉蔵は唯二の家作の修理等も代行してその代金を差し引いて唯二に集金分を届けたことも再三あることが窺われる。)。なお、被告祥光の供述によれば、米芳は本件土地を原告に贈与した後、地代を原告方へ届けるよう指示したことは認められるが、これも、米芳が酉蔵を唯二の差配と考えていたとすれば、当然の指示にすぎず、米芳が酉蔵の転借を知つていたことの証拠になるものではない。さらにいえぱ、被告祥光の供述によると、本件建物は旧建物に増築する形で行われ、(後に判示するとおり、登記簿上旧建物の登記が昭和五四年まで存続した)、かつ建築確認を得ない違法建築であつたことが認められ、これらの点は、米芳にとつて本件建物が酉蔵の建築にかかるものであることを知る機会をむしろ妨げるものであつたと考えられる。

以上のように、米芳において旧建物又は本件建物が酉蔵の所有であること、したがつて本件土地の転貸の事実を知つていたことや、少なくともこれを十分知り得たとは認められないのであつて、被告らの主張する黙示の承諾は前提を欠き理由がない。要するに、被告らの主張は、酉蔵が米芳に旧建物の譲受の事実を告げ米芳もこれに異論を述べなかつたという被告祥光の供述をそのまま前提として始めて成り立つもので、この供述が信用するに足りない以上、所詮採るを得ないものというほかない。

3  背信行為にあたらない特段の事情について

(一)  酉蔵が従前から旧建物を賃借して居住しており、本件転貸借の前後を通じ本件土地の使用方法の実質は変つていないこと、及び従前から酉蔵が唯二に頼まれて、玉子所有土地上の唯二の家作の家賃を集金した中から土地の賃料を米芳に届けてきたこと、本件転貸借の後も酉蔵が本件土地の地代を含め、玉子所有土地の地代を米芳に、原告が本件土地の所有者となつてからは本件土地の賃料を原告に届けてきたこと(もつとも、昭和四九年四月分まで)は、当事者間に争いがない。

(二)  しかし、無断転貸が背信行為とならない特段の事情とは、例えば形式的には転貸借に当たるとしても賃借の主体が実質的に同一とみてよい場合とか、賃借人と転借人との間に親族関係等の特殊な人的関係があつて、転貸するのもやむを得ない事情があると認められ、したがつて賃貸人としては通常なら承諾を与えるであろうし、仮にこれを拒絶するとすればかえつて信義に反すると認められるような場合をいうものと解するのが相当である。本件で、賃借人の唯二と酉蔵とは建物の賃貸人と賃借人という契約関係と、酉蔵が唯二のいわゆる差配をしていた間柄にあつたというに止まり、それ以上に特殊な人的関係があつたとはいえないし、また酉蔵が旧建物に居住しているという点では転貸借の前後を通じて本件土地の実質的な使用方法は異ならないものの、土地上の建物の所有者の変更は信頼関係を基礎とする債権契約にあつては、実質的な使用方法が変らないからといつて賃貸人として当然に看過できるものとはいえないばかりか、ことに酉蔵が新築した本件建物は前判示のとおり違法建築であつたことを考えれば、賃貸人にとつてはまことに好ましくない転借人というほかなく、本件転貸について背信行為にあたらない特段の事情があるとはいえないというべきである。

なお、被告らは、米芳又は原告から転貸状態の解消を求める催告もなかつたことを背信行為に当らない事情として主張する。その趣旨はいささか理解しかねるが、民法第六一二条による解除については、原状への回復がきわめて容易であるような特別の事情がある場合は格別(本件においてそのような事情があると認めるに足りる証拠はない。)一般には催告は不要と解すべきであるし、また、本件において催告の不存在を考慮にいれたとしても、背信行為にあたらない特段の事情があるとは認められないとする当裁判所の判断になんらの影響を及ぼすものではない。

(三)  附言する。民法第六一二条による解除を形式的に是認することは、賃借人にとつて場合によつては酷にすぎるし、社会経済的にも相当でない場合がある。しかし、同条は、やはり債権契約における相互の信頼関係を重視する規定であることを忘れてはならない。賃借人の保護という点を十分配慮しつつも、法の定めは当然のこととして守らなければならない。常識的にも、転借(あるいは賃借権の譲渡)にあたつては、一言賃貸人にことわつてしかるべきであろう。賃貸人として承諾してしかるべきなのにあえてこれを拒絶するような場合にこそ、背信行為に当らない特段の事情を立証して、賃借人が保護されてしかるべきである。被告らの論法をもつてすれば、建物賃借人が土地の賃借権の譲渡を受けるか土地を転借した場合に、その後の賃料の遅滞すらなければ、ほとんど無断譲渡転借が保護されるということになりかねない。立法論としてはともかく、解釈論としては行きすぎであろう。当裁判所としては採り得ないところである。

三被告祥光の賃借権又は転借権の時効取得の抗弁について

1  唯二酉蔵間の契約が本件土地の転貸借契約であることは、前記認定のとおりであるから、以下、転借権の時効取得について検討する。

2  酉蔵の本件土地占有と被告祥光のそれとを併わせると二〇年間を越えることについては当事者間に争いがない。

3  ところで、土地の占有者が時効期間を越えて土地を占有し、その占有が賃借の意思に基づくものであることが客観的に表現されているときは、賃借権ないし転借権の時効取得を認めてよい。しかしながら、無断転貸の場合に、転借人が時効により取得する権利は地主との関係で承諾があつたのと同様に地主に対して対抗しうる転借権であること、他方賃借権の無断譲渡の場合と異なり、無断転貸の場合には、地主と借地人との間で賃貸借契約がそのまま存続するために、地主からは無断転貸があつたことが通常わかりにくいことから考えて無断転借権について時効取得が認められるためには、占有が転借の意思にもとずくものであることが、地主に対する関係でも客観的に表現されていることを要すると解すべきである。このことは、別に転借人が地代を直接自己の名で地主に支払うことを要求するものではない(地主への支払の事実が認められれば通常黙示の承諾が認められ、転借権の時効取得は問題にならないであろう。)が、少なくとも承諾ある転貸借に匹適する程度に客観的に表現され、地主において、転貸借がなされたことを通常の配慮と調査によつて知ることができる場合でなければならないというべきである。けだし右のように解さなければ地主には時効中断の機会が全くないことになり取得時効制度の本旨に反することになるからである。

4  右の観点に立つて本件についてみるに、すでに再三述べたように、酉蔵は従前旧建物を唯二から賃借していて、その家賃を集金した中から米芳に地代を届けていたのであつて、酉蔵が唯二から本件土地を転借した後も同様の状態が続いてきた(原告が本件土地の所有権を取得した後は原告に地代を届けていた。)のであり、酉蔵が唯二から本件土地を転借したことは米芳には判らなかつたこと(米芳や原告としては、酉蔵が唯二の差配として唯二の地代を届けにきたと思つて不自然でない)、<証拠>によれば、本件建物は昭和五四年一一月になつて始めて被告祥光名義で保存登記されたもので、それまでは唯二を所有者とする旧建物の表示登記がそのまま残されてきたこと(なお、<証拠>によれば、本件建物については被告祥光に対し昭和四五年分以降の固定資産税が課されているが、これも昭和五〇年になつて職権調査により固定資産税の課税台帳に登録されたものと認められ、それ以前に本件建物が酉蔵又は被告祥光の所有であることを示す公簿上の記載があつたことを窺わせる証拠はない。)が認められ、これらの事実によれば、酉蔵の本件土地の転借権が客観的に表現されていたとはとうてい認めることができない(なお、酉蔵と米芳の間には直接の契約関係はなかつたが、この場合でも、占有意思の変更についての民法第一八五条の法意は尊重されてしかるべきことを指摘しておく。)。

時効取得の主張は理由がない。

四請求原因7の事実(原告の契約解除の意思表示)は被告栄一らにおいてこれを認めて争わない。なお、民法第六一二条による解除につき、催告を要する場合でないことは既に判示したとおりである。

五結論

以上のとおりであつて、被告らの抗弁はいずれも理由がないから、原告の本訴請求は次に述べる点を除きすべて正当として認容できる。

すなわち、原告の被告栄一らに対する賃料請求のうち、唯二死亡後の部分(昭和五〇年一一月二六日以降分。計算上一八万一一二〇円。)については、共同賃借人に対する賃料請求として不可分的に各自に全額の支払を請求し得ると解してよいが、唯二死亡前の分(昭和四九年五月一日から同五〇年一一月二五日まで。計算上七万二三二〇円。)については、相続債務として分割され被告栄一、同敏夫、同君子それぞれ三分の一ずつの二万四一〇六円ずつを請求できるに止まるものというべきで、これを超える各支払請求部分は失当として棄却を免れない。

よつて、被告栄一らに対する賃料請求部分については、各被告に対し二〇万五二二六円の支払を求める限度で請求を認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(上谷清 大城光代 倉澤千巌)

物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例